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第6回 織姫と彦星がインド、中国、日本を繋ぐ

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前の投稿 - 次の投稿 | 親投稿 - 子投稿なし | 投稿日時 2010-8-17 14:44 | 最終変更
ktakeda1  一人前 居住地: 3-11-13-111, SAKAE-CHO, FUCHU, TOKYO 183-0051  投稿数: 115
ある空港の出国審査場だ。                
男は航空券をかざし、静かに言った。「マダーム、See.」
そしてまっぷたつに破って言い放った。「Today,You cannot Travel.」
彼女は声も出なかった。怒りも恐怖もない。屈強な男が2人、呆然とした彼女を別室に連れて行った。まず、携帯電話を取り上げられた。どこにも連絡を出来ない。事実上の拘束である。数時間後、その日の全てのフライトが飛び立った後、空港の外に連れて行かれた。そこでパスポートと携帯電話を返され、やっと解放された。しかしパスポートのビザ欄には「VOID」の大きな印を押されていた。

7月末にインドのある空港の出国審査場でおきた事件である。特に係官の対応には問題はない。外国人である彼女には敬意を払っているのだろう、言葉は紳士的ですらある。しかしその場で彼女が反論でもしようものなら、本当に逮捕・拘留されるところである。容疑は不法滞在と脱税である。彼女は賢かった。訳がわからなかったが、その場では反論しなかった。何で不法滞在になるのか、税金も払ったはずだ。言いたい事は山ほどあった。でも黙っていた。

日本人IT技術者である彼女は、今年の初めにインドのIT会社に就職した。チームリーダーとして日本のオフショア開発に携わった。インドで働く場合、到着後、2週間以内に外国人登録事務所(FRRO:Foreigner Regional Registration Offices)に出向き、登録しなければならない。彼女も登録に行った。しかし丸1日粘ったが、登録できずに帰された。外国人がいきなり1人で行っても、簡単に出来るものではない。翌日、今度は会社のスタッフが同行してくれた。彼女には理解できなかったが、「問題ない、これで大丈夫」とのスタッフの話を信じた。初めてのインドでの就職である。書類を見て出来たかどうかなんか彼女に判断できるわけがない。

しかし実際には登録は出来ていなかったようだ。毎月の税金も給料から払っていたはずだ。何でさらに払わなければならないのか。理由がわからない。

日本の子会社に行って打ち合わせの用事が出来た。それでフライトのチケットを取り、空港に向かった。そのときに問題が発覚した。

結局、彼女は会社を辞める事になってしまった。彼女の意思ではない。退職・帰国することで会社とFRROとの間の合意が取れ、彼女は出国できるようになった。オフショア開発のプロジェクトはまだ途中のままである。彼女の最大の心配事はその点である。いや、もっと自分の事を心配した方が良いと思うのだが。

■ 激変するインドの入管政策

この2年間でインドの外国人に対する入管政策は大きく変わった(第1回 インド政府は鎖国をするつもりか)。大量の中国人労働者を受け入れたかと思うと、リーマン・ショックを境に一転して閉め出しに変わった。昨年9月段階で23000人いた中国人労働者が一気に3000人にまで減った。日本人に対するビザ発行についても、最低月収が次々と引き上げられ、ついに今年4月19日には月収で約20万円が最低条件になってしまった。経験豊富な専門家の場合を除いて、こんな給料を払える企業は無い。

事実上、若者には鎖国をしている。日本とインドの架け橋になろうとインドで働くつもりになっても、現状では不可能になってしまった。大企業の駐在員と日本語講師しかインドで働くことは出来ない。その是非については、今回は触れない。

しかし入管・ビザを巡るトラブルの話しは無数にある。今回の政策変更以前からである。ビザ更新に何ヶ月もかかる、更新中に一時帰国して再入国しようとすると入国拒否にあったとか、とにもかくにもFRROの手続きが複雑過ぎてわかっている人が少なすぎる。今回のケースでも、インド企業のスタッフもわかっていなかったのだろう。その上に今回の最低月収基準の高騰と、彼女が入国してからさらに高騰した等が重なって話を複雑にしてしまった。

それだけ面倒な手続きであるという認識がインド企業側に足りなかったのであろう。しかし専門の担当者がいる大企業とかインドで長年営業している外国企業なら上手くやれるのだろうが、インド国内の中小IT企業にそれを要求するのも少し酷な話ではある。
筆者も他社の事をどうこう言える立場ではない。実は東京で働いている当社の中国人技術者のビザ更新が迫っているが、どうすれば良いのかよくわかっていない。筆者より技術者の方がわかっているし、2人で司法書士事務所に相談しているのが現状である。手続きを間違うと本人が日本にいられなくなるだけでなく、こちらも日本の入管法違反になってしまう。やはり専門的なサービス機関が必要である。

■NHK支局長もビザ更新拒否に
ビザ更新の件で思い出した。先月、NHKのニューデリー支局長のビザ更新が拒否された。どうやら日本での報道が問題になったようだ。筆者からすると、「日本のインド報道はインド礼賛報道でしかない」と考えていた。始めにストーリがあって、それにあわせて取材し報道する。曰く、「中産階級の勃興」、「インド式教育の素晴らしさ」等々である。何を隠そう、筆者自身もある民放の「やらせ」取材を手伝った事がある。中でもNHKの報道が最も間違ったインドのイメージを植えつけているように思える。そのNHKの報道が問題になってビザ延長が拒否された。 
どうやらカースト制度についての報道だったようだ。驚いた、NHKもよくカースト制度について取り上げたものだ。いくら何でも無謀過ぎるとしか思えない。

インドで最も解決が困難な問題がカースト制度である。これに対して外国人がどうこう言うことは出来ない。筆者のコラムは日経コラム時代から「竹田さんのコラムはインドに辛すぎる」とインドの友人達から言われる。それでもカースト制度だけは取り上げない。せいぜい、「カースト制度の名残からか、役割分担の考えが徹底しているし、指示を忠実に守る」と書くくらいである。
日本から研修生を送る時、「カースト制度については何も喋るな」と研修生に注意する。それでもランチ時間帯に研修生が講師にカースト制度について聞き、回りのインド人から抗議を受けた事がある。数千年の歴史で生まれたものであり、あまりにも大き過ぎる問題である。インド政府というよりもインド社会全体を敵に回すようなものだ。わずか十数年間のインドへの関わり位でどうこう言えるような話ではない。
日本人的にわかりやすい例を挙げるなら、中国国内で外国人が共産党政権に対して批評するようなものだ。いや、それの何百倍、何千倍も難しい問題である。
この点ではインド政府の方針は一環としている。政権が変わっても何ら変わらない。

■ インド政府による情報政策の徹底
一環とした政策という面では情報政策も同じである。ここ数ヶ月間、インド政府と中国通信機メーカーとの争いは際立っていた。携帯電話基地局の設備等は中国メーカーが圧倒的なシェアを誇る。しかし設備機器を通じたインド国内情報の漏洩を恐れるインド政府は、中国製製品の排除、規制に動いた。価格面で排除そのものは無理としても、製品の規制は相当、進められているはずである。

しかし先月末から新たに規制され始めたのは中国製品ではない。まずはカナダのスマートフォン(多機能携帯端末)メーカー、リサーチ・イン・モーション(RIM)社である。同社のスマートフォン「ブラックベリー」の一部サービスがテロリストの通信に悪用される恐れがあるとされる問題を今月31日までに解決するよう求めた。簡単に言うと、ブラックベリーが使用している暗号をインド政府が解読出来るようにしろとの要求である。
日本でスマートフォント言えばiPhoneだが、インドでは圧倒的にブラックベリーが強い。RIM社の対応はまだわからないが、従わなければ大きなインド市場を失う事になる。
ブラックベリーだけではない。次の段階ではスカイプとグーグルである。この2社も暗号を解読できるように要求されている。
形は少し違うが、中国からグーグルが締め出されたのと同じ構図である。

筆者の友人であるIT企業経営者もブラックベリーのユーザーである。彼は北京に出張する時もPCは持たない、ブラックベリーだけである。ブラックベリーとグーグルでメールをし、ブラックベリーから無料通話スカイプを使ってインドに国際電話をかける。これが彼の出張スタイルである。
この問題でインド政府が妥協する可能性は無い。「治安」がかかっている以上は徹底して行う。従うかインドから出て行くかの選択しかない。インドから撤退となれば、友人の出張スタイルも大きく変わらざるを得ない。

■ 無事に終わった? インド独立記念日
さて、この8月15日は日本では終戦記念日だが、インドでは独立記念日である。
しかしインド独立の祝賀日ではあるが、毎年、最もテロの危険が高い日である。インドでは治安機関が総動員され、厳戒態勢がしかれる。日本の外務省も危険情報を出して日本人に注意喚起しているが、今年はどうだったか。特にテロのニュースも連絡も無いので大丈夫だとは思うが、詳しい情報はまだ持ち合わせていない。
インドにいる日本人の知人に問い合わせたが、お祝いの真っ最中である。3切れ10ルピーのココナッツの茎を口のまわりにくっつけて、ムシャムシャと食べていたところのようである。のどかなものだ。

さて今年の独立記念日は、また特別の日でもある。一昨年11月26日、ムンバイ同時テロで戦場と化した「タージマハルホテル」が営業を再開した。
随分と前の話だが、タージマハルホテルのコーヒーショップには行った事がある。シンガポールのラッフルズ、バンコクのオリエンタルと共に「アジアの星」と言われたホテルである。筆者ごときが泊まれるようなホテルではない。
しかし正直に言うと、あまり泊まりたいとも思わない。何と言っても、初めてタージマハルホテルの前(インド門の前でもある)に行った時、大勢の浮浪者に取り囲まれた嫌な思い出がある。インドを代表するホテルである。歩いて5分、筆者が泊まっていた現在のトライデントホテルと共に、最もテロに狙われやすいホテルでもある。わざわざそんなところに行こうとは思わない。
しかしそれは筆者個人の考えである。営業再開を独立記念日にあわせるとは、さすがにインドを代表するホテルだ。まずはお祝いを申し上げます。

■ 一夜明けて

8月16日は筆者がこのコラムの原稿を書いている日である。いや、筆者の話をしても仕方が無い。実は旧暦の七夕、中国の「情人節」である。
弊社の中国人社員に話を聞いたが、中国の若者の間では大事な日だそうだ。最近では「中国のバレンタインデー」とも言われているらしい。2年前のこの時期は北京か大連にいたはずだが、「情人節」の話は聞かなかった。ま、それも当然か。織姫、彦星とは無縁に1人で原稿を書いているのが似合っているようだ。
しかしそれでは面白くない。少し調べてみた。てっきり中国の民話だと思っていたのだが、筆者が無知・無学であった。どうやらタイから雲南省を通って中国に入った話のようだ。それだけではない。タイの神話には「異郷訪問神話」というのがあり、実はインドが起源との事である。そこからいくつかの話に分かれ、織姫と彦星、浦島太郎、羽衣伝説が生まれたとの事だ。知らなかった。
しかしインド→タイ→雲南省経由で中国、日本というと、昨年7月の皆既日食を思い出す。インドの聖地バラナシからネパール、ヒマラヤを通り中国・杭州、日本の南西諸島と渡ってきた日食の道のすぐ南の道のようだ。アフガニスタンからシルクロードに入って長安(現・西安)に帰ってきた三蔵法師はもっと北の道である。
そうだったのか、織姫もインド・チェンナイの郊外、カンチプラムで機を織っていたのか。わずか1年に1回ではあるが、この時期に彦星と逢っていたようだ。

神話の時代も唐の時代も現代も、それぞれの道を通じてインド、中国、日本は繋がっている。きっと織姫の時代も三蔵法師の時代も「鎖国」なんか無かったことであろう。






昨年の皆既日食の経路(国立天文台HPより)





タージマハルホテル営業再開を伝えつ新聞広告

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