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第4回 トップが現場を見ない

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なし 第4回 トップが現場を見ない

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前の投稿 - 次の投稿 | 親投稿 - 子投稿なし | 投稿日時 2010-7-20 5:00 | 最終変更
ktakeda1  一人前 居住地: 3-11-13-111, SAKAE-CHO, FUCHU, TOKYO 183-0051  投稿数: 115
ユニクロと楽天が社内公用語を英語にするらしい。
また別のニュースによると、ある企業では「英語ができる」社長を公募するらしい。こんなニュースが流れると、すぐに「英語教育をどうするか」という話が湧き上がる。不思議である。
筆者もサラリーマン時代、10年前になるか、担当本部内の週報をすべて英語にした事がある。1年間続けた。部長さんたちは週報を書くのに辞書片手に必死になっていた。笑い話のような英語の資料もあった。迷惑な話と思ったであろう。10年前ではいくら何でも早過ぎたか。でも本音を言えば、英語に慣れて欲しかったわけではない。自分たちの慣れ親しんだ世界、特に過去の成功体験を忘れ去って欲しかったのが一番である。
楽天もユニクロも日本では勝ち組であろう。しかし経営トップからすると、今までの成功体験を元にしては世界との競争では勝ち組になれないという危機感があるのだろう。徹底した現地化が必要である。そのためには中国人、インド人役員も必要である。当然のように日本語では出来ない。いや、英語云々だけではない。経営陣が先頭になって過去の成功体験から変わっていかなければならない、その危機感の現れであろう。
それを英語教育で解決できるわけではない。TOEICの点数がどれだけ上がっても、意味がない。「英語ができる経営者」を求めているわけであり、「経営者」が前提である。英語ができるから経営者になれるわけではない。
  
インドとか中国に学ぶべきもの、それはやはり、自らに高い目標を設定させ、その目標に向かって必死になって突き進む姿であろう。そのためには旧態依然とした社内のシステムも変えざるを得ない、経営者が先頭に立って海外との取引先とトップ交渉で物事を即決で決めなければならない。当然、英語も必須である。中国企業との折衝も英語である。しかし英語が出来てもタフなネゴシエーションが出来るわけではない。中途半端に英語を使っていると、反対に足元をすくわれる。英語よりも日本語をまくし立てるほうが話を決めやすい場合もある。

少し脱線するが、もし英語でネゴシエーションが出来るようになっても、中国の取引先との「宴」の場を逃げていては話にならない。飲めなくても、堂々と飲むふりをしてでも「宴」の場を楽しまなければならない。中国では「酒は文化であり、礼儀であり、歴史であり、風習でもある」と聞く。しかしこれは中国だけではないだろう。我が日本でも同じである。いや、実はインドでもそうである。さすがにイスラム教徒の経営者は酒を飲むことはしない。しかし敬虔なヒンズー教徒でもビジネスの場になると飲む。肝心の話はホテルのバーで決まることが多い。昼間のビジネス・ミーティングなどは単なるセレモニーである。ある日本料理屋で、ベジタリアンのインド人経営者が牛肉を食べている姿を目にした。断っておくが、筆者が勧めたわけではない。彼曰く、「日本の牛は神様ではない」との事だ。取引が決まれば、酒を飲み、牛肉を食べる。こういう「ベジタリアン」経営者を相手にしなければならない。

少し脱線をし過ぎたようだ。決して、「これからの経営者は酒の場でインド人、中国人経営トップとやりあわなければならない」と言っているつもりはない。
まずは母国語で彼らとディスカッション出来なければならない。そう、母国語である。相手の言い分をきちんと聞き、こちらの意思も明確に伝え、その場で決断できなければならない。英語はその次である。宴の場では堂々と楽しまなければならない。筆者のように楽しんでばかりでは困り者であるが。

脱線で思い出した。話は変わるが、また西ベンガル州で列車の大事故が起きたようだ。停車中の列車に急行列車が突っ込み、49人の方が亡くなられた。2ヶ月前の5月にも同じ西ベンガル州で脱線した旅客列車が反対側を走る貨物列車と衝突し、70人以上が死亡された。最初は毛派のテロも疑われたが、事故である。亡くなられた方にはご冥福を祈るが、いくら何でも事故が多すぎる。技術的な原因についてはそのうちに明らかになるのだろうが、あまりにも異常である。どこに真の原因があるのか。

実は書きたかったのはここからである。
中国とかインドの経営者を見ていると、素晴らしい方が多い。高い目標を掲げ、そのために社内外に向けて目標を公言し、先頭に立ってそのための改革を実施する。その点は見習う必要がある。
しかし問題が次々と発生する。急激な改革には軋轢は当然である。細かな問題を気にしていては、何も変えることは出来ない。それは理解できる。でも現場でどんな問題が起きているか、彼らは決して見ようとはしない。しかしそのために列車の乗客が犠牲になっては困る。
ソフトウェアのオフショア開発の現場でも同じである。客先の怒りを一部のマネージャは理解しているようだ。しかし経営トップには、なぜ、顧客が怒っているのかが伝わらない。プロジェクトによって必要なレベルのマネージャ、リーダ、プログラマをアサインしたら、後は進捗管理の出来不出来と顧客の仕様書の品質でプロジェクトの成功、失敗は決まると考えているようだ。こんな現場を見ないトップを抱える企業と取引をすると悲惨である。
インド。中国の風潮を何でも良しとする日本の風潮はもっと困りものである。

オフショア開発の現場だけではない。つい先日、とんでもない話を聞いた。筆者の本業である「インド研修」の場である。筆者の関係する企業ではない。別のインド企業がある日本企業の社員教育を請け負い、インドで日本人技術者の研修を行っている。インド研修そのものが広がっていくのは嬉しい話である。
しかし小さな問題が発生した。
日本人技術者達があるレストランで食事をした時の話である。誰かがタバコを吸いたいと言ったようだ。実はインドでは公共の場では全面的に禁煙である。どの州でも同じである。酒のように、飲める州、飲めない州があるわけではない。現在ではすべて禁煙である。日本のような生ぬるい禁煙ではない、警察の強制捜査の対象となる。だからインド人コーディネータがその旨を説明し研修生を説得すれば良いだけの話である。ところがそのコーディネータは「顧客の要求」とでも勘違いしたのか、レストラン側に灰皿を要求したらしい。それが駄目ならどこか隠れた場所に灰皿を置けと要求して、拒否するレストラン従業員と喧嘩になったらしい。
筆者は日本において最初に「インド研修」を立ち上げたものとして、こんなコーディネータは即、解雇にしたい。これが提携先のコーディネータなら解雇を要求する。
インドにはインドのルールがある。顧客だからといって、それを破ることは許されない。それを教えるのが、自分達の常識で判断してはならないという事を教えるのが、そもそもの「インド研修」の目的のひとつである。

「インド研修」を立ち上げたものとして正直に言うと、「インド研修」そのものにも功罪がある。1人の技術者として海外の技術者たちと素でディシカッションして結論を出していく。そういう人材になって欲しい。そのためには海外の技術者たちの挑戦意欲を学んで欲しい、相手の言い分も理解し、英語であろうが日本語であろうが、堂々と自分たちの意見も言わなければならない。ネゴシエーションの取り方、コミュニケーションのあり方にもルールがある。
その教師役としてインドは素晴らしい。何といっても、素のインド人をスマートでかつタフなネゴシエータに変えていく人材育成コンテンツがある。これがないと、世界で活躍するインド人ビジネスマンを生み出すことが出来ない。生活環境が悪いのも研修には良い。研修生自らが問題を解決しないと駄目だ。何をするにも自分で英語を喋って要求するしかない。困難な環境ほど、自然とチームワークも生まれる。
しかし問題もある。「教育」に対する考え方である。筆者は決してインド式教育が素晴らしいとは考えていない。インドの子供たちの学力も、世界的に見れば下位である(Wipro社調査による)。詰め込み教育が一番の弊害で、考える力が養われない。
「インド研修」の場においても、こちらが放っておくと、講師はコンテンツを研修生に与えるだけになってしまう。理解するかどうかは研修生次第になる。もっと問題がある。インド企業は、教育は講師がするものだと決めてかかっている。それならわざわざ遠いインドまで行って研修をする意味はない。インドで滞在する24時間が研修の場である。昼間のセミナーの場は講師主導である。しかしそれ以外の時間はコーディネータが講師の代わりを務めなければならない。顧客であろうがなかろうが、研修生の我侭を許していては仕方がない。国のルールを破れなどと地元のレストランに要求するような「インド研修」では「上から目線」の日本人を増やすだけである。
筆者がその場にいたら、禁煙の説明もしない。「自分で言え」と言う。自分で要求して、受け入れられないとわかるのも教育である。以前の研修で、「バターナンを食べたい」と言っていた研修生がいた。南インドではナンを食べる文化はない。それでもナンを焼くためには朝の3時から釜をたかなければならない。だからレストランのシェフが研修生に説明したのだが、「どうしても食べたいと」と言う。筆者にもお願いに来たが、「自分でシェフに頼め」と回答した。彼はそれから6週間、毎日のようにシェフにお願いして、最後の日にナンを食べる事が出来た。嬉しそうだった。さぞ旨かっただろう。
研修の方向性がずれていないかのチェック、落ち込んでいる研修生がいないかのフォロー、安全性についての強制的な対策、コーディネータの仕事はこれだけである。後は研修生が自らやれば良い。

多分、こんな問題が起きているなどとは決してそのインド企業のトップは知らないであろう。まともな経営者ならそんな事を許すわけがない。問題は、「レストラン側の問題」として日本の顧客に報告が行くことである。日本側も現場を見ていない。だから彼らの報告を信じてしまう。

実はここが最もインド研修でやりにくい点である。カースト制度の名残か、インドでは分業体制が明確である。ソフトウェア開発の現場では非常に良い。しかしコーディネータの役割についてのこちらの要求は決して理解できない。彼らの理解は単なる「お世話係」である。だから筆者は日本側のコーディネータが必須と考えている。「安全基準」だけの問題ではない。研修そのものをインドにすべて任す訳には行かないのである。

ここで書いた研修がどこの企業の研修か? それはこの場では書けない。まぁ、書いたとしても現場を見ていない経営者がこんなコラムを見ているわけがないから問題はないのかもしれないが。書かなければ決して自分の企業の現場とは思わないだろう。敢えて言うなら、インド研修、すべての実態である。だから筆者はインド側と常に論争になってしまう。

また長くなってしまった。実は今回はインフォシスの決算発表についても書くつもりでいた。「インフォシス・ショック」がムンバイ証券取引所を襲った。しかし意外と・・・ これは次回に。

明日から上海出張である。今回はある市政府の招きである。ありがたい事に航空券代、ホテル代、食事代まで、すべての費用を中国側が出してくれるとのことである。「インド研修」の善し悪しを論じていても仕方がない。市政府とのビジネスの話を進められるかどうか、筆者には正念場である。

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